【インタビュー】上総治子先生 (東京都杉並区)
2010年10月28日(木)
メールニュース巻頭インタビュー
第5回 上総 治子先生(東京都杉並区)
「バスティンと歩む38年」
◆日本のバスティン・メソード発展の歴史
全国バスティン研究会の皆様 40以上もの地区で日々の活発な活動をしていらっしゃるのを伺い、大変嬉しく存じます。
私とバスティン・メソードとの関わりは、実に38年になります。日本におけるバスティン・メソード発展の歴史(いきさつ)について、お話したいと思います。
「バスティン大好き!」な私とバスティン・メソードとの歩みは、1966年5月、東京音楽研究会との出会いではじまりました。
福田靖子先生を中心としたこの集まりは、日本のピアノ指導者レベルアップを目的に、勉強会や研究活動を行っていました。日本のみならず、海外にはどのようなピアノ教材があり、有効であるか、福田先生は、アメリカでピアニスト=ヨルダ・ノヴィック女史を通じて、
バスティン・メソード出版元代表(当時)のNiel Kjos(ニール・チョス)氏、またポール・ポラーイ氏にご相談なさいました。
全調指導の必要性、音楽教育と人間形成について説かれたジェームス・マーセル氏の「音楽教育心理学」は有名ですが、バスティン・メソードはこの理論に基づくものと考えます。
バスティンはより導入期に焦点をあてた指導メソードといえるでしょう。というのも、バスティン・メソードは、ピアジェ氏の「児童心理学」にも基づいていると考えられるからです。
導入期の音楽指導に有効とされるバスティン・メソードを、福田靖子先生が日本に持ち帰られたのが1966年のことです。もちろんテキストは全て英語版でした。
「はじめましてピアノさん」「ベリーヤングピアニスト 聴音と創作」を福田靖子先生と、宮本聖子先生がレッスンに取り入れられました。
1971年夏には、東京都王子にある、小川志津子先生のアパートの一室で、毎月1回の勉強会を始めました。その主なメンバーは、故福田靖子先生、故福井しが子先生、小川志津子先生、宮本聖子先生、川崎智子先生、そして私でした。バスティン研究会の始まりと言えるでしょう。
◆新しいメソードを取り入れる果断
当時、日本における従来の指導教材ではなく、海外の新しいメソードを取り入れることについて、なかには抵抗を示される方もいました。
私もバイエルやソナチネで育ちました。結婚後、主人の仕事でタイに2年、ブラジルに5年住み、現地でピアノを習いましたが、海外では自分のピアノ演奏に応用力(移調奏・コード奏法・アレンジなど即興伴奏ができない)が足りないこと、つまり楽譜を見て演奏する力に加え、応用力があれば、もっと音楽を楽しめることに気がついたのです。
実母のすすめで、福田先生の東京音楽研究会に参加した私が、バスティンという全調メソードに魅力を感じたのは、そのような体験と気付きがあったからです。
バスティン初期のシリーズ「ミュージック・スルー・ザ・ピアノ(ピアノを通して音楽を)」(浅見英夫先生訳)、また、「バスティン先生のお気に入り」(武田宏子先生訳)などを経て
テキスト日本語翻訳がなされました。
こうして日本語版バスティンテキストが皆様のお手元に届きました。
1977年には、東京第一生命ホールにおいて、ジェームス&ジェーン・バスティン夫妻をお招きしてセミナーを開催するに至りました。
今でもその日のことを覚えています。会場前方で、食い入るようにバスティン先生のお話をお聞きになっていた藤原亜津子先生とお会いしたのも、まさにこの日でした。
◆バスティン・メソードの真価
バスティン・メソードは「自分で自分が教えられる生徒を育てる」ことを一つの目的として作られています。この目的を達成させるために、指導者は、子どもの耳と手のコントロールを促すような指導を行わなくてはなりません。
バスティンに対し、中には幼稚な印象を抱かれる方もおいでかもしれません。
前にも述べた通り、児童心理学に基づいて作られています。例えば、パーティーの最初では、鍵盤を黒・白に分けて確認しますが、なぜ黒から教えるのかということにも理由があります。
まず、鍵盤がもし白鍵だけであったなら、キーを見分けることが困難ですから、2つと3つの黒鍵が重要な目印になることが分かります。子どもがボタンを押したがるように、白鍵より飛び出している黒鍵に子どもの興味がいくのは自然なことですね。これは、「猫ふんじゃった」を弾きたがる子が多いことからもお分かりいただけると思います。(故福田靖子先生談)
また、子どもの耳の成長が著しいのは2~3歳(言葉を覚える時)からと
言われています。鍵盤と音の状況判断を、「たかい、ひくい、まんなか」、「あがる、さがる」、「ひとつとび、となり」といった順に確認していくことも理にかなっています。
子供は2つのことを同時に覚えにくいのです。耳を育てることで、自分の音が乱暴にならないようによく聞き、また乱暴な音にならないために良い手の形で弾くことを促すことができます。
全調メソードであるバスティンを使うと、絶対音感が育たないのでは、とご心配の方がいらっしゃるかもしれません。
バスティン先生は、「絶対音感を育てるということは、生まれつきもっているものを訓練するかどうかということである。"ミドルC"は必ずわかるよう訓練させるけれども、それ以上の絶対音感を育てるより先に、私は子どもに音楽性を身につけさせることを優先したい」とおっしゃっています。私もこれに賛同します。
バスティン・メソードは、
1)鍵盤の完全な理解
2)理論
3)テクニック
4)レパートリー(いつでも弾ける曲を作る、数こなし)
を軸に作られています。
特に4番目の数こなしについて、日本では、レッスンで1つの曲を追及して何週間も練習させる方が多いのですね。同じ曲を何週間も弾き続けることも良いのですが、新曲の譜読みをたくさんすることは子どもにとっては大変重要です。だからこそ、バスティン先生の本は、1冊が薄く、種類がたくさんあるのです。1冊終るごとに 子供たちは「達成感」を覚えます。
子どもの成長のために、親は栄養のある食物を食べさせますね。同じく子どもの音楽的成長のためには、演奏曲の数をこなさせることです。
バスティンは、アメリカ教育の特長、スパイラルラーニング(螺旋学習=復習+新しいこと)に基づいたメソードです。
面白いこと、楽しいことは子供の興味を呼び起こします。1つの曲で8割を教えたら、先に進む勇気を持ちましょう。
◆バスティンを使われる皆さんへ ~活用の手引き~
バスティン・メソードをフル活用するには、テキスト理解が欠かせません。
テキストをしっかり理解なさっていれば、短いレッスンの中でも、ポイントを押さえて効果的にお使いいただくことができるでしょう。
テキスト理解には、ぜひセミナーにお出になって、バスティンの指導体系を知っていただきたいと思います。そしてセミナーにご参加なさる前には、予習をなさっていただくと理解が深まります。このテキストの中には、挿し絵とともに指導アイディアが満載です。
ぜひテキストに書いてあることは、しっかりと子どもに伝えていきたいですね。
ピアノパーティーの表紙には、"Invitation to music"(音楽の世界への招待)と書かれている通り、バスティン・メソードは、小さいうちから「ピアノを通して音楽的耳を育てる」ように考えられたメソードです。特に、聴音&楽典パーティーやベーシックスセオリーなど、セオリーが生徒の耳を育てる大きな助けになります。
初期のメソード「はじめましてピアノさん」を、先生ご自身でお弾きになってみてください。セオリー的内容が充実しています。何度でもお弾きになって、ご納得なさったら生徒さんに与えてみてください。
またテキスト理解には、英語版のテキストをぜひお持ち下さい。原本から微妙なニュアンスを読み取ることができるでしょう。ぜひ日本語のテキストと併せ、英語版(原本)もお持ちになることをおすすめします。時代が英語化しているので、ゲームなどにして、柔軟に英語を取り入れるのもひとつの工夫ですね。
バスティンを上手に活用するのには、グループレッスンも大変有効です。
初見やアンサンブル、セオリー、鑑賞、作曲など、子ども同士で学ばせることで、効果が高まります。特にセオリーブックは、宿題にするだけでなく2人以上のグループで取り入れてみて下さい。子ども同士が教え合い、お互いに学び合います。結果、自分で自分が教えられる子どもに育っていくのです。
「バスティン大好き!」な皆様方が、全国でご活躍なさることを、心より願っております。
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